でま子の“キネマ探訪”その⑧「会話劇」

 映画館での勤務後に、スタッフと食事をしながら会話をするのは楽しみのひとつ。特に観た映画の感想や考察は、ついつい熱弁を披露してしまうこともあります。また、それぞれのスタッフと、たあいもないバカ話から、恋のお悩み相談、将来の夢への野心の計画など、語り合いは尽きることがありません。そこで、“なぜ、人は誰かに相談をするのか”。ふと、感じた疑問を映画紹介と共に考えてみましょう。

 

 映画観賞をしていて、「何だか字幕が多いなぁ」とか、「話になかなかついていけないぞ」とか、映画を見ながら思ったことはありませんか。そんな時に、あなたがみている映画は、「会話劇」と呼べるカテゴリーの作品かもしれません。

 

 「会話劇」で有名なのは、クエンティン・タランティーノ監督でしょうか。彼のデビュー作『レザボアドックス』では、物語の最初に登場する男たちの会話によって、登場人物の置かれている状況どのような人物なのかが、巧みに語られていく構成になっていました。また、「会話劇」といって忘れてはならないのは、俳優であり、監督のウッディ・アレンもいますね。彼の場合は、登場人物が一方的に話し続ける場合や、カウンセラー(もしくはそれに見立てた人物)に話をするパターンが特徴的です。 

 

 今回上映する『セトウツミ』もそのような「会話劇」の流れをくむ映画と言えるでしょう。独特でコミカルな会話を楽しむ映画になっています。作品の内容は、高校2年生の内海想と瀬戸小吉の“放課後の暇つぶし”の会話が、淡々と流れていきます。あなたが、ボーっしながら見ているのもひとつの良い楽しみ方です。でも、どのような意味がある映画なのか、深読みすると実に面白い作品であったりする一面もあります。少し視点を変えてみると“人間の根本にある4つの苦しみ”がテーマになっていることに気が付くかもしれません。

 

 『セトウツミ』は会話では物語は進行しないのが特徴。しかし、多くの「会話劇」の映画では、登場人物たちの会話で物語の状況がドンドンと変化していきます。冒頭にあった“なぜ、人は誰かに相談をするのか”の問答の答えは、「会話劇」のように、誰もが言語化したり、会話をすることで悩みの状況を変えていきたいからなのかもしれません。